精度35%が93%に、社内情報をRAGでフル活用|清水建設が挑む生成AI変革

建設業界は今、大きな転換点を迎えています。人手不足や高齢化、生産性向上の必要性など、産業構造そのものの変革が求められる中、DXの推進は避けては通れない課題となっています。特に、建設現場に蓄積された専門知識やノウハウを効率的に活用し、いかに次世代に継承していくかは、業界全体の重要なテーマとなっています。

このような状況下、清水建設は生成AI技術を活用した画期的な取り組みを進めています。中でも注目されるのが、建設現場で進む独自のAIアシスタント活用、特にRAGを通じた建設技術文書の検索システムの構築です。この取り組みは、現場の業務効率化だけでなく、技術伝承の新たな可能性を示すものとして、業界内外から注目を集めています。

今回は、全社的なAI活用を担うNOVAREイノベーションセンターAI共創グループの古川氏、建設現場のDX化を推進する東京支店企画部の中山氏、加藤氏に、法人向け生成AIツールの導入から先進的なRAGの活用法まで、詳しく伺いました。

RAG(Retrieval-Augmented Generation)は、外部データを検索し、得た情報をもとに生成AIが回答を生成する技術です。生成AIと情報検索を組み合わせて、より正確な回答を提供します。

約50の独自アシスタントを構築|生成AIツール導入の経緯

法人向けAIでどのような具体的な課題がありましたか?

「現在はLightblue Assistantとは別の生成AIツールを全社導入しています。しかし、実際の運用ではさまざまな課題が見えてきました。例えばトークン(文字数)の制限により、長文の技術文書や詳細な質問への対応が困難でした。施工要領書の確認や技術基準の参照など、建設現場で頻繁に発生する問い合わせに十分に対応できなかったんです。また、質問を重ねていくと回答の一貫性が失われていくという問題もありましたね。

特に現場で困ったのは、質問の文脈を理解し続けることができず、毎回同じ説明をプロンプト(指示文)で繰り返す必要があった点です。建設現場では正確な情報へのアクセスが不可欠ですから、この課題は深刻でした。図面確認や技術的な問い合わせに費やす時間を効率化するには、より実践的なツールが必要だと考えていました」(中山氏)

Lightblue Assistant」は、企業独自のマイアシスタントを簡単に構築できるサービス。SlackやTeamsなどの社内ツールと連携できる利便性や、企業の独自データを活用した生成(RAG)をマイアシスタントとして登録可能。現場目線の生成AIサービスです。

他のAIツールも検討されたと思いますが、比較検討のポイントを教えてください。

「生成AIの導入において最も懸念していたのは、ツールの使いづらさや回答精度の低さから現場のユーザーが『生成AIの実力はこの程度か』と認識し、形だけの導入で終わってしまうことでした。実際、複数のツールを検証する中で、重要なポイントが見えてきました。

1つ目は操作性です。建設現場では、日々の業務の中で自然に使えるツールでなければ定着は難しい。その点、Lightblue Assistantは、普段使用しているTeamsなどのチャットツールから直接アクセスでき、スムーズな導入が期待できました。

2つ目は、独自のアシスタントを作れる「マイアシスタント機能」ですね。社内データとの連携が可能で、建設現場特有の専門用語や技術情報を理解し、適切な回答を提供できる点が魅力的でした。現在は試験導入ですが、開始から2ヶ月で約50のマイアシスタントが構築されています。Lightblue Assistantは、チーム内で共有できる点なども大きな魅力でしたね。(加藤氏)

導入時の社内の反応はいかがでしたか?

「実際に使ってみると、現場からの反応は予想以上に良好でした。特に、若手社員からは『技術的な質問がしやすくなった』『ベテラン社員に何度も確認せずに済むようになった』という声が多く聞かれました。

例えば、コンクリート打設に関する細かい確認事項や、施工手順の確認など、通常であれば経験者に確認が必要な事項でも、AIを通じて素早く正確な情報にアクセスできるようになりました。また、ベテラン社員からも『若手の教育がしやすくなった』という声があり、世代を超えた技術伝承のツールとしても機能し始めています」(中山氏)

精度35%が93%に|建設技術文書のRAG化プロジェクト

まず、具体的にどのような技術文書をデジタル化したのですか?

「最初に取り組んだのが、当社の施工管理の教科書的存在である『新・建築施工の基礎知識』のデジタル化です。この文書は建設現場における基本的な工法や技術基準が詰まった重要文書なのですが、3分冊で1000ページを超える膨大な量があり、必要な情報を探すのに時間がかかっていました。

特に現場係員は本来、図面と現場の整合チェックなどのリアルな建設と向き合う業務に注力すべきなのですが、法規制の確認や技術的な調査に多くの時間を取られている実態がありました。例えば、ある施工方法の詳細な手順や注意点を確認する際、該当ページを探すだけでも相当な時間を要していたのです」(古川氏)

RAG化の過程で特に苦労した点は?

「建設技術文書のRAG化プロジェクトは、予想以上にチャレンジングでした。若手向け社内テストの正答率で評価をしたのですが、当初、他社システムでの検証時は正答率が35%程度に留まり、特に図表を含む技術文書の処理には大きな課題がありました。具体的には3つの難関がありました。

1つ目は、文書の適切な分割方法です。最終的に1ページ毎のチャンクに分割することで精度が向上しましたが、この最適なサイズを見つけるまでにさまざまな試行錯誤がありました。

2つ目は図表の処理です。建設文書には図面や表が多く含まれますが、これらの情報を正確に解釈させることは困難を極めました。Lightblueとの連携により、画像処理の最適化を行うことで、この課題を克服することができました。

3つ目は参照精度の問題です。質問に対する回答の根拠となる該当箇所を正確に示せるよう、文書のインデックス化と参照システムの改善に取り組みました。その結果、最終的に93%という高い精度を実現することができました」(古川氏)

従来の文書検索と比べて、どのような点が改善されましたか?

「最も大きな改善点は、検索時間の劇的な短縮です。具体例を挙げると、従来であれば30分以上かかっていた技術基準の確認が、数分で完了できるようになりました。

また、検索の質も大きく向上しています。例えば『コンクリートが中性化したときの圧縮強度について教えて』といった専門的な問いかけに対して、注意点まで含めた包括的な回答が得られるようになりました。さらに、回答の根拠となる該当ページも明示されるため、必要に応じて原典の確認も容易です。

特に印象的だったのは、新入社員からの『分からないことを質問しやすくなった』という声です。従来は基本的なことを上司に聞くのに躊躇する場面もあったようですが、AIを介することで気軽に確認できるようになったという声を多く聞きます。」(中山氏)

約12,000回という利用実績を記録|現場で進む生成AI活用

具体的な導入状況と利用実績を教えてください。

「導入から2ヶ月という短期間で予想以上の成果が出ています。18現場で約260アカウントが実際に活用され、約12,000回という利用実績が記録されました。特に注目すべきは、全利用の約46%(5,500回)がRAG機能を使用したマイアシスタントによる、技術文書の検索だったことです。これは現場のニーズに確実に応えられている証左だと考えています」(加藤氏)

現場からはどのような活用方法が生まれているのでしょうか?

「現場の創意工夫には本当に感心させられます。例えば、『要約の達人』というマイアシスタントは、長文の報告書や議事録を要点だけにまとめてくれる機能として重宝されています。また、前任者の引き継ぎ資料をテキスト化して読み込ませ、必要に応じて参照できるマイアシスタントを作成した現場もあります。

特に面白いのは画像生成の活用方法です。工事概要の説明資料作成時にイラストを生成したり、安全教育用のポスターのイラストを作成したりと、想像以上に幅広く活用されています。現場監督の方が自己紹介用の似顔絵を作成して、コミュニケーションツールとして使っているケースもありました」(中山氏)

今後の展望:東京支店の本格展開へ向けて

2024年春からの本格展開に向けた具体的な計画を教えてください。

「現在進めているのは、大きく3つの施策です。まず、設計業務への本格展開です。図面の読み込みや生成AIによる指摘、パース画像生成など、より創造的な業務支援の実現を目指します。具体的には、初期段階での類似事例の検索や、技術基準の確認など、設計者の思考をサポートする機能の強化を計画しています。

次に、建設現場特有の暗黙知や経験則のデジタル化です。これまでベテラン社員の頭の中にあった知識を、段階的にシステムに取り込んでいく予定です。例えば、天候による工程調整の判断基準や、地盤特性を考慮した施工方法の選択など、経験に基づく判断をサポートできるようにしていきます。

最後に、全社的なナレッジ基盤の構築です。現在は現場単位での活用が中心ですが、これを内勤を含めた東京支店内の全部署で展開し、ベストプラクティスを共有できる仕組みを作っていきたいと考えています」(古川氏)

課題や懸念点はありますか?

「やはり最大の課題は、セキュリティとプライバシーの確保です。建設プロジェクトには機密情報が多く含まれますので、情報管理には細心の注意を払う必要があります。また、システムへの依存度が高まることへの懸念もあります。AIはあくまでも支援ツールであり、最終的な判断は人間が行うという原則を徹底していく必要があります」(中山氏)

さいごに

清水建設の取り組みは、建設業界における生成AI活用の可能性を示す先進的な事例といえます。特に、技術文書のデジタル化から始まり、現場主導の活用拡大へと発展している点は、他社にとっても参考になるでしょう。建設現場特有の専門知識やノウハウを、いかに効率的に活用できるかという課題に対して、具体的な解決策を示した意義は大きいと言えます。

今後は、設計業務への展開や、さらなる精度向上など、新たな挑戦が続くことが予想されます。建設業界のDXを加速させる取り組みとして、引き続き注目していく必要があるでしょう。

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