生成AIは思考力を高めるツールへ ―企業変革の新しいベクトル

企業の生成AI活用が大きな岐路を迎えている。安価なモデルでの効率化を追求するか、それとも組織と人材を進化させるプラットフォームとして活用するか。東大発AIスタートアップLightblueの代表取締役・園田亜斗夢氏、PM・ユニ氏、組織開発の専門家・霜山氏が、日本企業が直面する困難と、それを打開する新たな可能性について語った。

生成AI導入の現状 |コスト重視で3.5モデルを選ぶ企業の”もったいない”選択

大手企業であっても、コスト削減を理由に基本モデルのGPT-3.5を採用し続けるケースもある生成AI活用の現状。この判断は、企業の長期的な競争力を大きく損なう可能性がある。

園田氏:「上場しているような大手企業であっても、高性能なモデルを制限し、GPT3.5のような安価で精度の低いモデルで満足している現状があります。この企業が、月額数千円の差額を気にして最新モデルの導入を控えている。これはまるで、最新兵器を持つ敵相手に竹やりで戦おうとしているようなものです。

ITコスト削減のために、ログインし直したらGPT-3.5に戻るような仕組みを『工夫』として導入している企業もあります。情シス部門がこれを成功事例として評価している状況は、一企業だけでなく社会全体として競争力を失う可能性もあると考えています。」

ユニ氏:「多くの企業が、生成AIを単なる要約ツールのような業務効率化ツールとしか見ていません。高度な戦略立案や意思決定支援が可能なツールを、議事録作成だけに使っているような状況です。」

霜山氏:「学生時代に最新の生成AIを使いこなしてきた世代が企業に入社すると、彼らの創造性や発想力をさらに引き出せる可能性があります。最新のAIツールを活用できる環境は、若い人材にとって魅力的な職場づくりの一要素になるかもしれませんね。

人材獲得の観点から見ると、生成AIをうまく活用している企業は、イノベーティブな職場環境を提供できるという印象を与えられるでしょう。10年後を見据えたとき、最新ツールを積極的に取り入れる文化がある環境は、創造的な人材を惹きつける磁石になるかもしれません。」

実際、Lightblue社内での検証ではの生成AIを活用することで採用スカウトメールの返信率が大幅に高まるなど、単なる業務効率化に留まらない効果を実証している。業務効率化ではなく、付加価値を勘案した生成AI活用が成否を分ける重要な指標となっている。

コスト削減を優先した近視眼的なAI活用は、企業の人材戦略と長期的な競争力を著しく損なうリスクをはらんでいる。

思考の質を高めるツール|生成AIの真価

生成AIの真価は、単なる業務効率化ではなく、組織全体の思考の質を高める点にある。具体的な業務での活用事例から、その可能性が見えてきている。

園田氏:「あるイベント企画では、社員が2時間かけて作成したタスクリストに対して、AIが『目的が意識されていないタスクリストです』というフィードバックを提供しました。これは単なる効率化ではなく、思考の質を高めるための重要な示唆となりました。

面白いのは、AIのフィードバックが若手社員の成長支援にもなっている点です。入社半年の社員に対して、直接厳しいフィードバックを行うのは難しいですが、AIを介することで、建設的な形で改善点を伝えることができます。」

ユニ氏:「以前のように『プロンプトの書き方』を教えることに注力するのではなく、目的に対する思考力を高めることが重要です。例えば、タスクリストを作る際に、『誰のために、何の目的で作成するのか』を考えるきっかけを提供できます。」

霜山氏:「組織の様々な階層で、AIの使い方を工夫すると面白い発見があるかもしれません。例えば、経営層では戦略的思考のサポート、管理職では意思決定の選択肢拡大、現場では創造的な業務改善など、それぞれの役割に合わせた活用法を試してみる価値があります。

特に興味深いのは、マネージャーが各メンバーの成長ステージに合わせてAIの機能を調整できる可能性です。例えるなら『思考の補助輪』のように、最初は手厚くサポートし、徐々に自立を促していくことで、個人の成長に合わせた学習環境を作れるのではないでしょうか。」

Lightblue社では、若手社員のタスクリスト作成において、AIによるフィードバックを導入。その結果、目的志向の思考や、より広い視点からの企画立案能力が向上したという。

生成AIは、業務効率化のツールを超えて、組織の思考力を高める教育プラットフォームとしての可能性を秘めている。

単なる一般論を超えて |理論とAIの融合で思考の軸を育む

生成AIに企業のバリューや経営理論を組み込むことで、日常業務を通じた学習環境を構築できる可能性が出てきた。これは、従来の研修やワークショップとは異なるアプローチとなる。

ユニ氏:「世界の標準的な経営理論は約30個ほどあるそうです。これらをAIに組み込むと、日常業務の中で自然に学べる環境が作れて面白いかもしれません。例えば、提案書を書いているときに『この考え方はポーターの5フォースモデルの観点では…』といったヒントが得られると、理論的思考が自然と身につくのではないでしょうか。」

霜山氏:「企業のバリューに基づいたフィードバックの可能性も期待できます。例えば、コスト重視の提案書を作成した際に、『当社の高付加価値戦略の観点からは、別のアプローチも考えられますが』といった示唆を提供できます。」

園田氏:「例えば、コーチングモードとティーチングモードを切り替えられる機能とかも有用ですよね。例えば、タスクの単純な実行支援が必要な時はティーチングモードで、思考を深めたい時はコーチングモードで、という具合です。」

霜山氏:「特にマネージャー層の方々は、経営理論から組織変革まで責任が多岐に渡ります。日々の業務の中でAIが『この状況ではこんな理論的アプローチも考えられますよ』と示唆してくれると、自然と戦略的思考が磨かれていくかもしれません。座学では得られない、実践に即した学びの場になると思います。」

園田氏:「バリューの理解度も従業員の経験によって異なります。例えば『プロフェッショナル』という単語も、新入社員と管理職では異なる意味を持つ場合があります。AIがそれぞれの立場に応じた解釈を提示できれば、より深い理解が促進されます。」

生成AIは、経営理論やバリューを実践的に学ぶ場を提供し、組織全体の戦略的思考力を高める触媒となりうる。

生成AIの広がりはパイロットチームから|超えるべき4つのギャップ

生成AI導入を成功させるためには、慎重な準備と段階的なアプローチが必要だ。特に重要なのは、組織全体の受容性を高める「好循環」の創出である。

霜山氏:「生成AIを導入するなら、まずは3ヶ月ほどの準備期間を設けてみるのはいかがでしょうか。最初の2ヶ月は少人数で試行錯誤を繰り返し、うまくいったパターンを見つけていく。そして徐々に広げていく方法が楽しいかもしれません。

組織変革にはいくつかのポイントがあります。時間の確保、適切な支援、メンバーの当事者意識、そして新しいことへの柔軟性です。特に初期段階では、AIと遊ぶ時間をしっかり確保できると、思わぬ発見があるかもしれませんね。」

園田氏:「導入のボトルネックとして『デジタルデバイドが広がる』という懸念について、相談を受けることがあります。しかし、むしろ導入を遅らせることで、組織内の分断が広がるリスクの方が大きいと言えます。」

ユニ氏:「私たちが提案しているのは、熱意のある社員から始めて、成功体験を組織全体に広げていく方法です。効果を実感した人が周囲を巻き込み、自然な形で活用の輪を広げていく。」

霜山氏:「導入初期から『失敗してもいいよね』という雰囲気を大切にすると、より創造的な活用法が生まれやすいと思います。AIとの対話は時に予想外の方向に進むこともありますが、そこから新しいアイデアが生まれることも多いんです。この予測不可能性を楽しめる文化があると、組織全体の創造性も高まるのではないでしょうか。」

Lightblue社の導入支援事例では、まず少人数のパイロットチームで活用を開始し、3ヶ月後には利用者の90%が「業務の質が向上した」と回答。その後、成功事例の共有を通じて全社展開へと発展したケースが報告されている。

生成AI導入の成否は、技術以上に、組織の受容性と変革マネジメントにかかっている。

もはやツール導入だけではない|CHROが主導すべき生成AI組織変革

生成AI活用の真価は、組織と人材の持続的な進化を促すプラットフォームとしての可能性にある。その実現には、経営層の明確なビジョンと、組織全体での取り組みが不可欠だ。

園田氏:「最終的に目指すのは、AIを活用することで、より人間らしい、創造的な仕事にフォーカスできる環境づくりです。その実現には、経営層のコミットメントが不可欠です。」

霜山氏:「生成AI導入は、人事部門や経営層が中心となって取り組むと面白い変化が起きるかもしれません。これは単なるツール導入ではなく、未来の働き方をデザインする絶好の機会だと思うんです。例えば10年後、20年後の組織の姿を想像しながら、どんな人材が活躍できる場にしたいかを考える契機になるのではないでしょうか。」

ユニ氏:「私たちの取り組みは、ビジネスと働き方を最適化することを通じて、誰もが活躍できる環境を作ることです。生成AIは、そのための重要な触媒になると考えています。」

霜山氏:「これからの時代、生成AIをうまく取り入れている企業は、人材育成の面でも新しい可能性を開けるかもしれません。特に若い世代にとって、最新技術と共に成長できる環境は魅力的に映るでしょうし、彼らの創造性を引き出す触媒になるのではないでしょうか。」

園田氏:「重要なのは、このツールを通じて、組織としての一貫性のある思考や行動を育むこと。単なる効率化ではなく、組織文化の形成ツールとして活用していく視点が必要です。」

最新の調査によれば、生成AI導入を戦略的に進めている企業では、従業員のエンゲージメント向上や、新規事業創出の加速といった副次的な効果も報告されている。

生成AIは、組織の未来を形作る戦略的ツールであり、その活用方針は経営者自身が主体的に関与すべき重要課題である。

まとめ:次世代の組織開発に向けて

生成AIの価値は、単なる業務効率化を超えた、組織と人材の進化にある。企業の価値観を体現し、社員の思考力を高め、次世代の人材を育成するプラットフォームとして機能する可能性を秘めている。

今後、生成AIは企業の長期的な競争力を左右する重要な要素となるだろう。その導入と活用は、単なるIT投資ではなく、人材戦略・組織開発の文脈で捉える必要がある。いかに人間の可能性を広げ、組織の価値を高めていけるか。生成AI活用の真価が、今まさに問われている。

 
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